法話「席を譲ることについて」

過去に行った法話の一部をご紹介します。

皆さんは、電車やバスに乗りますか?大村に住んでいるとあまりそうした機会が少ないかもしれませんね。でも高校生くらいになって大村市外へ通学したり、街に出かけたりするようになると、JRやバスに乗る機会も増えてくるかもしれません。そうしたとき、席が空いていたら座るでしょうが、徐々に人が増えてくると、座れない人が増えてきます。自分の席のそばにも立っている人がいるでしょう。そのようなとき皆は席を譲ることができるでしょうか。

長崎の人は元来、県民性として人が優しいので、バスやJRに乗っていると、若い学生の子が席を譲っているシーンを見かけることがよくあります。傍から見ていてもとても気持ちのいいことですね。しかし、都会の通勤電車に乗ると、それどころではありません。仕事自体が戦場で、その行き帰りにいかに体力を温存するか。そのために早い時間に出て、ホームの最前列に並んだり、2~3駅戻って空いている駅から乗車したり。そうなると譲などということは毛頭ないですよね。ましてや疲れをとるために本気で寝入ってしまうと、傍に立たれても分からないわけです。

私も学生時代に部活で疲れて寝入ってしまい、目が覚めた時に傍に人が立っていて、ということはありました。しかし、そこですぐに目を覚まして席を譲るのがいいのか、その勇気というか行動力がなく、ついそのまま狸寝入りをしたこともあります。

また、新幹線の指定席に座っているとき、お盆や連休最終日の混雑時期になるとそういう車両の通路にも立って乗る人が出てきます。もちろん自由席なら堂々と席を譲るでしょうが、ちょうど隣におばあちゃんが立っていた時がありました。この時ばかりは私はすごく悩みました。なぜなら指定席券を買って乗っているわけですから、自由席料金だけで乗り込んできた人に席を譲るというのはそもそもお人好しなのではないかと。そのときは確か「どこまでですか」って聞いて、座ってもらった覚えがあります。しかし、感謝しながらもどこか気まずい表情が見えた気もしました。皆さんならどうするでしょうか。

席を譲ろうとしたけれど、次降りるから大丈夫よと言われて、なんだか恥ずかしい思いをしたり、逆にそんなに老いぼれちゃいないって断られると、気まずいというか、かえって「譲ってあげてるのになんだよその態度?」みたいなことになったり。

そんなとき、「ありがとう。でももう降りるからだいじょうぶ。気を遣ってくれてありがとうね」なんて言われたらとっても嬉しくなったり。

お互いがお互いを援け合って、尊重し合えるとすごく気持ちがいいし、それが少林寺拳法で言う「自他共楽」の世の中というんじゃないでしょうか。

いいね!>> いいね! 1人